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これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2017年5月14日「成長する種、からし種」マルコによる福音書4章26~34節

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 今日も、二つのたとえです。この二つはこれまでのたとえと異なり、はっきりと「神の国(支配)のたとえです。そしてこの二つのたとえの後に、4章全体のたとえ集を締めくくるようにして、33・34節があります。
 一つ目の「成長する種」のたとえは、マルコによる福音書で唯一、他の福音書にはないたとえです。26~29節。27節の「夜昼」という表現は、私達にはなじみがありませんが、ユダヤ教の暦では、夜から一日がはじまるので、暦の通りですし、また種蒔きは昼間しますから、その後、夜からはじまります。実際の農業では、様々な作業がありますし、災害などで一年間の努力が水の泡になることもあります。ですが(科学的な知識が増えた現代でも)やはり、「ひとりでに」というのは、説得力のあることですし、ここに強調点があります。自分(たち)の努力で何とかしようとする傲慢に対して、何よりも神の業だということを教えます。更に種蒔きが主イエス独自のものだと捉えれば、私達には収穫だけがあります。また、私達自身が主イエスに倣って種を蒔くならば、「ひとりでに」(すなわち神の業として)豊かな実りが約束されています。これは大きな励ましです。
 更に「からし種」のたとえ(30~32節)は、神の国がはじまりは実に小さくても、大きく成長することを表しています。教会と神の国を直ちに同一視することはできませんが、確かに教会は二千年の間に、はじめは地中海の東の、小さな国の小さな群れでしたが、今では世界中に広がっています。神に愛されていることを自覚し、神と人とを愛して生きようとする群れ、神の支配をまっすぐに受け入れる人々の群れは、これからも成長していきますし、私達は種蒔きを怠るわけにはいきません。