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これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2016年1月1日「すぐに網を捨てて」マルコによる福音書1章16~20節

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 一回休んで、今日からマルコに戻ります。今まで、主イエスはヨハネから洗礼を受け、荒れ野の40日間を過ごし、そして前回、公生涯がはじまる、神の福音を宣べ伝えはじめました。今日の箇所ではじめて、主イエスは発言だけではなくて、具体的に活動を致します(新年最初の礼拝に相応しい箇所です)。16節。極めて短い描写です。ルカやヨハネを読みますと、このときはじめてこの四人の漁師と知り合ったのではなさそうですが、マルコはどちらとも描きません。ただ主イエスはガリラヤ湖畔を歩いておられ、網を打つシモンとアンデレの兄弟をみます。そして声を掛けます。17節。魚を獲る漁師から、人間をとる漁師へ。この転換は何を表すのでしょう。以前この箇所で説教を致しました時には、「魚はとると死んでしまうが、人間はとると本当に生き生きと生きることができるようになる点が正反対なのだ」とお話ししました。それは事実ですが、それだけではなくて、実は人間もとられるといったんは死ぬ、だからこそ、復活の命、永遠の命を豊かに生き始める、そのことを知っておくことは大切です。主イエスは、この四人を(そして更に多くの弟子たち、私達までも)人間をとる漁師へと招きます。そしてその最初にまず、主イエスご自身が「人間をとる漁師」となって、ご自身がお語りになる「神の福音」を生きる者へと変わることを促しておられます。
 18節。シモンとアンデレの兄弟はすぐに網を捨てて、従います。19・20節のヤコブ・ヨハネの兄弟も、多少異なりますが、大きな違いはありません。それまで生きてきた生活を捨てて、新しく生き始めます。洗礼を受けてキリスト者になるとは、今までの自分に更に敬虔な何かを足し算することではない。全てを捨てて変えられる。しかも「すぐに」。さあ、新しい年、この原点に立ち返って歩みだしましょう。