これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2016年10月30日「良いものを大事に、悪いものから遠ざかれ」テサロニケの信徒への手紙一5章16~22節③

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 同じ箇所、今日は三回目です。一回目は、喜び、祈り、感謝の生活で、二回目、前回は、霊(の火)を消さないこと、預言を軽んじないことでした。しかし、すべての「自称」預言者をやみくもに信頼することもできません。当時は一つの所にとどまらないで、巡回する預言者もいましたから、本当に・真実に神の言葉を告げているのかどうかを吟味することが必要でした。「すべてを吟味する」ことの第一は、文脈から、預言者の預言ですが、また同時に「すべて」ですから、一つひとつの事柄について、吟味することが必要です。この言葉は、貨幣が本物であるかどうかを両替商が判断する言葉でした。素人には分からなくても、プロには本物と偽物の判断がつきます。ですから、私達は一人ひとりが神の言葉のプロフェッショナルにならなければなりません。しかしそれは、神学の難しい知識を身に付けることではなくて、吟味する力もまた聖霊のたまものですから、私達の中に働く聖霊の力の働きを大切にすることです、霊の火を消さないことです。
 しかしそれでは、話は堂々巡りになってしまいます。勿論、判断する、吟味する基準として、愛、信仰、希望などがありますが、意見が対立して、どちらの側も「自分は聖霊・神に従って正しい」と思ったらどうすればよいのでしょう。だからこそ、21節後半22節です。私達の判断・吟味が、常に正しくあろうと努力しますが、それでも正しいとは限りません。だから、今、自分でできる判断で、正しいものを大事にして、あらゆる悪いものから遠ざかるしかありません。たとえ判断を誤ったとしても、祈りの内に生きるならば、必ず神は正しい「吟味」を聖霊によって与えて下さいます。だから私達は今、正直に良いもの(単数)を大切にして、悪いもの(複数)から遠ざかります。くれぐれも悪いものを排除しようとか、戦ってやっつけようとしないでください。それは自己絶対化・自己神化の罪です。