これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2016年8月21日苦難に遭っても

テサロニケの信徒への手紙一3章1-5節

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 前回(先週)から3章の終わりまでが一つの纏まりで、前回は、パウロが何度もテサロニケへ行こうと計画しつつも、行くことができないでいること、またそれでもなお、テサロニケの教会の人々がどれほどパウロたちにとって、誉れであり喜びであるかが語られていました。今日の箇所では、テモテを派遣することになった事情が書かれています。
 前回みましたように、パウロはテサロニケの人々に会えなくて、寂しい・辛いのです。できれば会いに行きたいのだけれども、どうしてもそれが無理なので、テモテを代わりに遣わします。1節によれば、アテネからテモテを派遣しました。そして、既にコリントに着いてからテモテの報告を聞いて、この手紙を書きました(6節)。1節の「わたしたち」が誰を指すか、幾つかの説がありますが、パウロのことだと読んでいいでしょう(論文や手紙における「わたしたち」について)。2節でテモテを派遣した事実を述べ、2節後半から3節前半で派遣の目的、苦難に遭っても動揺しないように、が、語られます。パウロはテサロニケにいる短い期間に、既に苦難に遭うことを予告していましたが、事実その通りになります(3節後半から4節)。だから、テサロニケの人々が惑わされてしまうのではないかとパウロは心配しました(5節)。それは、パウロたちの「労苦が無駄になってしまう」ことです。前回の「誉れ、喜び」と逆のことになってしまいます。だからそうならないように、「励まして、信仰を強め」ようとテモテ派遣しました。5節の「誘惑する者」は、前回のサタン、またサタンに用いられて神に敵対して活動する人々のことでしょう。私たちの信仰生活にも、苦難があります。しかし神が私たちの信仰の訓練のために定められた苦難をしっかりと受け止め、信仰者としての生涯を全うしましょう。