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これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2017年4月23日「良い土地に」マルコによる福音書4章1~12節

今日から、この福音書の、最初のたとえ話集がはじまります。最後は、33・34節で締めくくられています。とても有名な「種蒔きのたとえ」ですが、大きな特徴は、13節以下にこのたとえの説明があることです。多くの学者が推論していることは、今日のたと…

2017年4月16日「あなたがたより先に」マルコによる福音書16章1~8節

今日は、講解説教をお休みしまして、復活の記事です。しかし新約聖書では、復活をビジュアルに表現した記事は一切ありません。今日の箇所も、はっきりと分かるのは、「空の墓」だけです。しかも、福音書の終わりらしからぬ終わり方です。8節。それですから…

2017年4月9日「主イエスの家族になる」マルコによる福音書3章31~35節

今日の聖書箇所は、21節と共に、ベルゼブル論争を挟み込んでサンドイッチの構造になっています。21節と31節。21節の「身内の人たち」は意味の幅の広い言葉で、31節は必ずしも否定的な意味に読む必要はありません。しかし合わせて読むと、主イエス…

2017年4月2日「許されない罪」マルコによる福音書3章20~30節

今日の聖書箇所は、聖書に時々出てくるサンドイッチの構造をしているので、あるいは、次回の箇所と共に読む方がよいのかもしれません。しかしそれぞれに大切なメッセージがありますので、今回は分けてみました。最初の節で大まかな舞台設定です。20節。次…

2017年3月26日「十二使徒の任命」マルコによる福音書3章13~19節

今日の聖書箇所は、マタイやルカにもあります。マタイではもっと簡潔な記事になっています。ルカでは、事前の祈りが強調されています。マルコの特徴は、十二人を選んだ目的が最も丁寧に描かれていることです。14節後半から15節。三つのことが書かれてい…

2017年3月19日「イエスに触れる」マルコによる福音書3章7~12節

今日の箇所は、前回までの箇所と次回からの箇所を繋ぐ部分です。前回は、主イエスを殺そうとする計画で終わっていました。今回の湖畔での出来事の後、主イエスは十二使徒の任命をなさり、十二使徒の派遣(6章6節~)までが一纏まりです。今日の箇所でまず…

2017年3月12日「主の怒りと悲しみ」マルコによる福音書3章1~6節

前回に続き、今回の話題も安息日です。そして今日の箇所、主イエスを殺す相談で、マルコ福音書の第一部は終わります。前回の麦の穂を摘むのと比べて、今日の方が「いやし」であり、会堂での出来事ですから、更に深刻です。今日の箇所は、主イエスの怒りと悲…

2017年3月5日「安息日は誰のためか」マルコによる福音書2章23~28節

前回の断食問答に続き、今回と次回の話題は安息日です。出来事は単純です。23節。彼らの行為の何が問題なのか。「盗んだ」のではありません。24節。ファリサイ派の人々が問題にするのは、安息日にしてはならないことをしていることです。麦の穂を摘むの…

2017年2月26日「断食とは何か」マルコによる福音書2章18~22節

今日の聖書箇所は、断食問答です。ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々は、断食していましたが、主イエスの弟子たちはしていませんでした。そこで人々が尋ねます、なぜしないのか。18節。主イエスは答えます、19・20節。3章6節の殺す相談まで、少…

2017年2月19日「招かれるのは誰か」 マルコによる福音書2章13-17節

今日の聖書箇所は、主イエスが何のためにこの地上に・私達の所へ来られたのかが、ご自身の言葉で語られています。「罪人を招くために」。この主イエスの言葉は、ファリサイ派の律法学者の批判の言葉から導き出されます。まず主イエスが徴税人レビを招き、レ…

2017年2月12日「誰の信仰か」マルコによる福音書2章1~12節

今日から2章に入ります。今日の箇所は、この福音書で五つ目の癒しであると共に、このあと五つ続く論争の一つ目になります。1章と2章を結んでいます。4節までが状況説明です。当時の家屋は平屋一部屋が普通で、外階段があって、屋上も様々な事に使ってい…

2017年2月5日「新しい心、新しい霊」エゼキエル書36章22~27節

今日の聖書箇所は、ローズンゲン(日々の聖句)の年の聖句です。久里浜でも名古屋でも年の最初の新年礼拝で(講解説教をお休みして)その年の年の聖句に聴いてきましたが、今年は、マルコによる福音書の講解説教に入ったばかりでしたので、マルコにしました…

2017年1月29日「御心ならば」マルコによる福音書1章40~45節

今日の聖書箇所で主イエスがなさっておられるのは、重い皮膚病の方を癒すことです。出来事自体は難しくはない易しい事柄です。三つのポイントをみていきましょう。まず第一に、この方自身の信仰です。40節。十字架や復活よりも前の出来事ですから、救いに…

2017年1月22日「祈ることと宣教と」マルコによる福音書1章35~39節

35節。前回、主イエスは、ペトロのしゅうとめを癒した後、日が暮れて(安息日が終わって)大勢の人々を癒し、悪霊を追い出しました。どの位大勢の人々を癒したのか、その後で休息をとる時間があったのか、なかったのか(いつ頃終わったのか)、その辺りの…

2017年1月15日「知っていることと信じること」マルコによる福音書1章29~34節

前回、主イエスの初めての癒しがありました。汚れた霊は、主イエスの正体を「神の聖者」と見抜きますが、従おうとしません。まだ主イエスが誰であるか本当には分かっていなくても従った四人の漁師とは対照的です。今日の箇所は安息日(土曜日)の午後(から…

2017年1月8日「権威ある新しい教え」

前回、四人の漁師が弟子になりました。主イエスの招きに、まっすぐに「すぐに」応えました。そして一行はカファルナウムに着きます。(その日ではありませんが)安息日に会堂で主イエスは教えます。21・22節。22節の、「人々が非常に驚いた」理由には…

2016年1月1日「すぐに網を捨てて」マルコによる福音書1章16~20節

一回休んで、今日からマルコに戻ります。今まで、主イエスはヨハネから洗礼を受け、荒れ野の40日間を過ごし、そして前回、公生涯がはじまる、神の福音を宣べ伝えはじめました。今日の箇所ではじめて、主イエスは発言だけではなくて、具体的に活動を致しま…

2016年12月25日「地には平和」ルカによる福音書2章1~20節

クリスマスおめでとう。今日はマルコの講解説教を一回だけお休みして、ルカの降誕の記事に聴きます。といいましても、この箇所全体を丁寧にみるのではなくて、大まかにみつつ、三つのポイントだけをお話致します。 舞台設定は、住民登録の時です。ルカ福音書…

2016年12月18日「時は満ちた」マルコによる福音書1章14~15節

前回は、荒れ野の40日間、試練の時でした。今日はその後、宣教・公生涯のはじめです。その開始の合図は、洗礼者ヨハネが捕らえられたことです。(捕らえるという言葉は、「引き渡される」(主イエスのご受難の箇所で出てくる)ですので、逮捕ではなくて死…

2016年12月11日「聖霊に送り出されて」マルコによる福音書1章12~13節

前回、主イエスは洗礼者ヨハネから洗礼を受けました。そしてすぐに、聖霊は主イエスを荒れ野に送り出します。12節。この「送り出す」は、「強いて(無理やり)行かせる」という言葉です。父なる神は、主イエスを「わたしの愛する子」と認証すると直ちに、…

2016年12月4日「天が裂けて」マルコによる福音書1章9~11節

今日でマルコによる福音書も三回目、二番目の聖書箇所です。教会の暦の上では、今日からアドベント(待降節)第二週です。御子のご降誕への備えの季節、御子イエス・キリストの公生涯の最初の所を学ぶのも時宜に適っています。マルコが、洗礼者ヨハネの出来…

2016年11月27日「新しい洗礼」マルコによる福音書1章1~8節

先週からマルコによる福音書に入りました。教会の暦の上では、今日からアドベント(待降節)に入り、新しい一年がはじまりました。先週は、主に5節までの箇所から、表題としての1節、また公生涯の前にどうしても描く必要があった洗礼者ヨハネのことをみま…

2016年11月20日「福音の初め」マルコによる福音書1章1~8節

先週でテサロニケの信徒への手紙一の講解説教は終わり、今日からマルコによる福音書に入ります。教会の暦の上では、今日が一年の最後の主日、来週がアドベント(待降節)に入り、新しい一年がはじまります。この今日と次回の二回にわたって、この福音書の一…

2016年11月13日「キリストの来られるときに」テサロニケの信徒への手紙一5章23~28節②

今日の聖書箇所でテサロニケの信徒への手紙一は終わりです。前回は、25節以下、後半の本当に最後の箇所をみましたので、今日は、23・24節、最初の2節に集中します。 この手紙では、前半の最後(3章終わり)でもしていましたが、祈りの言葉です。パウ…

2016年11月6日「祈ってください」テサロニケの信徒への手紙一5章23~28節①

前回で、この手紙最後の勧告が終わりました。今日の箇所でこの手紙の全体が終わりますが、今回は二回に分けてみてみます。少し変則的ですが、今回は25節からの後半をみて、次回(最終回)、24節までの前半をみます。 パウロは手紙の終わりに言います、2…

2016年10月30日「良いものを大事に、悪いものから遠ざかれ」テサロニケの信徒への手紙一5章16~22節③

同じ箇所、今日は三回目です。一回目は、喜び、祈り、感謝の生活で、二回目、前回は、霊(の火)を消さないこと、預言を軽んじないことでした。しかし、すべての「自称」預言者をやみくもに信頼することもできません。当時は一つの所にとどまらないで、巡回…

2016年10月23日「霊の火を消すな」テサロニケの信徒への手紙一5章16~22節②

今日の箇所は大切な箇所ですので、三回にわたってみていきます。今日はその二回目です。19.20節をみます。前回は、喜び、祈り、感謝の生活であり、それが「神の意志」であること、それだから(実際に行うことは難しいが理想として掲げておくべき)目標…

2016年10月16日「喜び、祈り、感謝の生活」 テサロニケの信徒への手紙一5章16~22節①

前回から結びの言葉ですが、大切な箇所ですので、今日の箇所を三回にわたってみていきます。今日の箇所はもう少し先まで一度に読んで、平和聖日に味わいました。その時は、「平和」がテーマでしたから、大まかにみましたが、今回は切り離せないけれども一回…

2016年10月9日「いつも善を行う」

今回から結びの言葉です。前回の再臨の話で本文は終わり、パウロは最後に大切なことを勧めます。最初の2節は、労苦し、導き戒めている人々に対する態度です。まだ職制はありませんので、職務(任命が必要)のことではなくて、事実そうしている人々への態度…

2016年10月2日「主の日は来る」 テサロニケの信徒への手紙一5章1~11節

前回に引き続き、「再臨」の話です。前回は、「先に眠りについた人々」の復活の希望が語られていました。生きている者よりも先です。それでは再臨はいつなのか。再臨待望がとても強かったテサロニケの教会の人々には、このことは切実な問いでした。しかしパ…

2016年9月25日いつまでも主と共に テサロニケの信徒への手紙一4章13-18節

今回と次回が「再臨」の話です。この論述については、テサロニケの教会の人々からの質問があったのではないかと考えられます。初代教会の人々は、すぐにでも主イエスが再び来て下さるという期待をもっていました。しかしそのような再臨の前に、「眠りについ…

2016年9月18日外部の人々に対して テサロニケの信徒への手紙一4章9~12節

前回から新しい単元に入りました。神に喜ばれる「聖なる生活」を--今既にテサロニケの教会の人々は送っていますが--更に励むように、ということでした。それは無理をするというのではなくて、神が私たちの内に与えて下さっている聖霊に従う生活です。 今…

2016年9月11日聖なる生活 テサロニケの信徒への手紙一4章1~8節

今回から新しい単元に入ります。前回までのところで、テモテの報告を受けたパウロが(まるで福音を告げ知らされた時のように)喜んでいること、そしてテサロニケの教会の人々の「信仰に必要なものを補いたいと」願い祈っていることをみてきました。今日の箇…

2016年9月4日パウロの祈り テサロニケの信徒への手紙一3章11~13節

2章17節からはじまった一つの纏まりを四回に分けてみてきましたが、今日で終わります。今日の箇所は、この一纏まりの終わりであるのと同時に、今までの第一部の終わりでもあり、4章から新しい単元、勧告がはじまります。今日の箇所は、明らかにパウロの…

2016年8月28日励まされました

3章の終わりまでの一つの纏まりの三回目です。前回は、テモテを派遣することになった事情が書かれていました。今日の箇所では、派遣したテモテが(恐らくはコリントへ)帰って来て、テモテからの報告を聞いてこの手紙を書いているのだということが語られて…

2016年8月21日苦難に遭っても

テサロニケの信徒への手紙一3章1-5節 前回(先週)から3章の終わりまでが一つの纏まりで、前回は、パウロが何度もテサロニケへ行こうと計画しつつも、行くことができないでいること、またそれでもなお、テサロニケの教会の人々がどれほどパウロたちにと…

2016年8月14日「誉れ、喜び」

テサロニケの信徒への手紙2章17-20節 前回(先々週)で一つの纏まりが終わり、今日の箇所から3章の終わりまでが一つの纏まりです。それを何回かに分けてみていくのですが、今日の箇所では、パウロが何度もテサロニケへ行こうと計画しつつも、行くこと…

2016年8月7日

テサロニケの信徒への手紙Ⅰ5:16~24 (プレーヤー再生ボタン、またはこのアイコン↑をクリック) 今日は平和聖日です。講解説教をお休みして、同じ手紙の中で、最もふさわしいと思われる箇所を選びました。この箇所で多くの方に愛されている聖句は、最初の三節で…