これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2017年9月17日「あなたは、キリスト」マルコによる福音書9章27~30節

27節前半。このフィリポ・カイサリア地方というのは、新約聖書の世界の中で、最も水が豊かな地方の一つです。他には、ザーカイの出てくる出来事で有名なエリコなどもそうです。あまり水のない荒涼とした地域を旅しますと、私達水の豊かな所に生まれ育った…

2017年9月10日「何か見えるか」マルコによる福音書8章22~26節

今日の箇所は盲人の癒しです。旧約聖書、イスラエルの伝統において、盲人の癒しは、終末のしるしです。ですから、この箇所が表現しているのは、主イエスがいらしたことによって終りの時が既にはじまっているのだということです。 今日の箇所について、三つの…

2017年9月3日「まだ悟らないのか」マルコによる福音書9章1~21節

今日の箇所は三つの部分からなります。最初は一番長い四千人の給食、二番目はファリサイ派の人びとの要求と主イエスの拒絶、三番目がパン種に気を付けなさいという警告です。この三つが、マルコによって密接に結び付けられて語られます。まず最初の四千人の…

2017年8月27日「主イエスのなさったことは」マルコによる福音書7章31~37節

前回(先々週)は、シリア・フェニキア生まれの女でした。それ以前に出てきましたファリサイ派や律法学者の人々の間違いや、群衆と弟子たちの無理解が際立つ、必死だけれども謙遜で、ウィットに富んだ女の応答でした。今日の箇所は、これまでの箇所を纏める…

2017年8月20日「信じること、生きること」フィリピの信徒への手紙2章1~11節 國安敬二

私たちは誰でも一人で生きて行く事はできません。人は家庭をつくり、社会をつくってその一員として、共同体の中で生活するものです。それゆえ、人々は互いにその存在を認め、尊重し合って「共に生きる」ことによって、その共同体はその社会に貢献し、その役…

2017年8月13日「主イエスをも動かす信仰」マルコによる福音書7章24~30節

前回までは、イスラエルの民の話でした。主イエスが、「汚れ」とは何かについて丁寧に教えても弟子たちさえ理解しません。今日の箇所は対照的に、異邦の女、シリア・フェニキアの生まれのギリシア人の女です。24~26節。病気の子どもを持つ親の思いは、…

2017年8月6日「人を汚すもの」マルコによる福音書7章14~23節

前回と今回は(一度に取り上げることも多い位)密接に結びついています。最初に問うた「なぜ汚れた手で」という問いには、「清さと汚れ」という問題があります。汚れは外から来るもので、それを防ぐために手を洗うなどします。主イエスは、そういう発想(人…

2017年7月30日「人間の言い伝えと」マルコによる福音書7章1~13節

前回の最後が、まとめの箇所であったことからも分かりますように、今日から新しい箇所になります。今日の区切りは、23節までと迷いましたが、短い方にしました。1・2節は、主イエスの評判が広く知れ渡るようになったので、エルサレムからもその様子を調…

2017年7月23日「心の鈍さを越えて」マルコによる福音書6章45~56節

前回、主イエスは帰還した十二人をを労い、休息を与えようとなさいましたが、かなわず、五千人の給食でした。そのすぐ後の出来事です。普段は群衆の解散は弟子たちの仕事だったのでしょうが、このときは、弟子たちを休ませるためでしょうか、主イエスご自身…

2017年7月16日「あなた方が与えなさい」(マルコによる福音書6章30~44節)

前々回、主イエスは十二人を派遣なさいました。前回は間を埋める記事で、今日、派遣された弟子たちの帰還です。主イエスは弟子たちの報告を聞いて、弟子たちを労い、休息を与えようとなさいます。30~32節。ところが計画通りにはいきません。「人里離れ…

2017年7月9日「罪の恐れが生むもの」マルコによる福音書6章14~29節

前回の聖書箇所で、主イエスは十二人を派遣なさり、次回の箇所では帰って来た使徒たちが報告をします。ですから今日の記事は、派遣と帰還の間を埋める記事です。なぜマルコは、この記事をここに置いたのか。ヨハネが実際に殺されたのは、もっと早い時期だっ…

2017年7月2日「十二使徒を派遣する」(マルコによる福音書6章6後半~13節)

前回の聖書箇所では、主イエスは故郷の人々に拒絶され、(わずかの癒しを除いては)何も奇跡を行うことができませんでした。そこで主イエスはどうなさったでしょうか。6節後半。信じない人々に無理やり信仰をおしつけるのではなく、故郷を去ります。そして…

2017年6月25日「驚くほどの不信仰」マルコによる福音書6章1~6節前半

今日の聖書箇所は、聖書本文ではない表題では、「ナザレ」となっていますが、本文では、「故郷」だけです。1・2節。人々は、主イエスの語る言葉、主イエスのなさる奇跡の業に驚きます。しかしその驚きは信仰へと成長しません。3節。主イエスの子ども時代…

2017年6月18日「タリタ、クム」マルコによる福音書5章21~43節②

今回は前回と同じ聖書箇所です。前回、出血の止まらなかった女をみました。今日はヤイロの娘をみます。サンドイッチの形のパンの部分です。きっかけは、21~25節。とにかく主イエスが来て、手を置いて下されば、という信仰です。前回の女と同様に、この…

2016年6月11日「あなたの信仰が」マルコによる福音書5章21~43節

今日からマルコの講解説教に戻ります。今回と次回は同じ聖書箇所です。今回は出血の止まらなかった女、次回はヤイロの娘をみます。まず、このサンドイッチの形に注目しましょう。ヤイロの娘の記事に、出血の止まらなかった女の記事が挟み込まれています。何…

2017年6月4日「教会が生まれる」使徒言行録2章1~11節

今日は、講解説教を一回お休みし、ペンテコステによく読まれる箇所です。使徒言行録は、ルカの続編で、聖霊を授けられる約束と主イエスの昇天からはじまり、1章の後半では裏切り者のユダの代わりにマティアを選出します。弟子たちは、昇天から後、十日間、…

2017年5月28日「自分の家に帰りなさい」マルコによる福音書5章1~20節

今日の聖書箇所では、一人の人が癒されています。しかし場所ははっきりしませんし、福音書によって異なっています。「どこか」ということよりも、異邦人の地である(ユダヤ人の地ではない)ことが大切です。湖になだれこむ二千匹の家畜が豚である(ユダヤ人…

2017年5月21日「まだ信じないのか」マルコによる福音書4章35~41節

今日から、主イエスの奇跡集です。4章の前回までの箇所が、多少文脈にむりがあってもたとえ集であったように、ここから5章にかけて主イエスの神の子としての不思議な業(主イエスが全知全能の神の子であることを受け入れれば矛盾も不思議もありませんが)…

2017年5月14日「成長する種、からし種」マルコによる福音書4章26~34節

今日も、二つのたとえです。この二つはこれまでのたとえと異なり、はっきりと「神の国(支配)のたとえです。そしてこの二つのたとえの後に、4章全体のたとえ集を締めくくるようにして、33・34節があります。 一つ目の「成長する種」のたとえは、マルコ…

2017年5月7日「持つ人、持たない人」マルコによる福音書4章21~25節

今日は、ともし火と秤、二つのたとえです。これらもまた、種蒔きのたとえと同じように、様々な意味に読めますから、各自思い巡らしてみてください。ただ一つ、確実と思われるのは、文脈から、神の国(支配)のたとえ、神の国の福音のたとえです。主イエスは…

2017年4月30日「御言葉が蒔かれて」マルコによる福音書4章13~20節

前回から、この福音書の、最初のたとえ話集がはじまりましたが、今日の箇所は、主イエスご自身によるたとえの説明です(尤も実際は、後の教会による解釈と推測されますが、私達は「事実主義」に立つ福音派ではないので、この記事もまた正典にあるので大切で…

2017年4月23日「良い土地に」マルコによる福音書4章1~12節

今日から、この福音書の、最初のたとえ話集がはじまります。最後は、33・34節で締めくくられています。とても有名な「種蒔きのたとえ」ですが、大きな特徴は、13節以下にこのたとえの説明があることです。多くの学者が推論していることは、今日のたと…

2017年4月16日「あなたがたより先に」マルコによる福音書16章1~8節

今日は、講解説教をお休みしまして、復活の記事です。しかし新約聖書では、復活をビジュアルに表現した記事は一切ありません。今日の箇所も、はっきりと分かるのは、「空の墓」だけです。しかも、福音書の終わりらしからぬ終わり方です。8節。それですから…

2017年4月9日「主イエスの家族になる」マルコによる福音書3章31~35節

今日の聖書箇所は、21節と共に、ベルゼブル論争を挟み込んでサンドイッチの構造になっています。21節と31節。21節の「身内の人たち」は意味の幅の広い言葉で、31節は必ずしも否定的な意味に読む必要はありません。しかし合わせて読むと、主イエス…

2017年4月2日「許されない罪」マルコによる福音書3章20~30節

今日の聖書箇所は、聖書に時々出てくるサンドイッチの構造をしているので、あるいは、次回の箇所と共に読む方がよいのかもしれません。しかしそれぞれに大切なメッセージがありますので、今回は分けてみました。最初の節で大まかな舞台設定です。20節。次…

2017年3月26日「十二使徒の任命」マルコによる福音書3章13~19節

今日の聖書箇所は、マタイやルカにもあります。マタイではもっと簡潔な記事になっています。ルカでは、事前の祈りが強調されています。マルコの特徴は、十二人を選んだ目的が最も丁寧に描かれていることです。14節後半から15節。三つのことが書かれてい…

2017年3月19日「イエスに触れる」マルコによる福音書3章7~12節

今日の箇所は、前回までの箇所と次回からの箇所を繋ぐ部分です。前回は、主イエスを殺そうとする計画で終わっていました。今回の湖畔での出来事の後、主イエスは十二使徒の任命をなさり、十二使徒の派遣(6章6節~)までが一纏まりです。今日の箇所でまず…

2017年3月12日「主の怒りと悲しみ」マルコによる福音書3章1~6節

前回に続き、今回の話題も安息日です。そして今日の箇所、主イエスを殺す相談で、マルコ福音書の第一部は終わります。前回の麦の穂を摘むのと比べて、今日の方が「いやし」であり、会堂での出来事ですから、更に深刻です。今日の箇所は、主イエスの怒りと悲…

2017年3月5日「安息日は誰のためか」マルコによる福音書2章23~28節

前回の断食問答に続き、今回と次回の話題は安息日です。出来事は単純です。23節。彼らの行為の何が問題なのか。「盗んだ」のではありません。24節。ファリサイ派の人々が問題にするのは、安息日にしてはならないことをしていることです。麦の穂を摘むの…

2017年2月26日「断食とは何か」マルコによる福音書2章18~22節

今日の聖書箇所は、断食問答です。ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々は、断食していましたが、主イエスの弟子たちはしていませんでした。そこで人々が尋ねます、なぜしないのか。18節。主イエスは答えます、19・20節。3章6節の殺す相談まで、少…